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2017年7月30日日曜日
2017年度 相馬野馬追
2017/07/29-30
福島県南相馬市にて
相馬野馬追(そうまのまおい)を見学
相馬野馬追とは、、、
甲冑に身をかためた五百余騎の騎馬武者が、
腰に太刀、背に旗指物をつけて野原を疾走する、
力強く勇壮な時代絵巻。
伝説によれば、相馬野馬追は今から千年以上もの昔、
相馬氏の遠祖とされる平将門が
下総国小金ケ原(千葉県西部)に放した野馬を
敵兵に見立てて軍事演習に応用したことに
はじまったと伝えられています。
そして捕らえた馬を神馬として、氏神である妙見に奉納したのです。
その後、相馬重胤が奥州行方郡(現・南相馬市)に移ってからも、
代々の領主がこの行事を伝承。
野馬を奉納し、相馬地方の平和と安寧を祈る神事として、
怠ることなく野馬追が行われてきました。
幾多の変遷を経て、
現在は国の重要無形民俗文化財となっています。
旧藩領あげての最大の祭典として、
今も熱気あふれる行事がくりひろげられています。
1日目
【お繰り出し】 総大将の下知により出立
お繰り出しは相馬中村神社、相馬太田神社、相馬小高神社の各神社で行われる。
それぞれの神社に参拝し祝杯をあげ、やがて出陣準備が整うと大将が出陣を命じる。
軍者の振旗を合図に螺役が高らかに螺を吹き、いざ出陣。
【出陣】 各神社からそれぞれに出陣
藩政時代の行政区により、相馬中村神社、相馬太田神社、相馬小高神社の
三社にそれぞれ集合し、出陣式を行う。その後行列を整え、
各自のコースをたどって、神輿はお旅所へ、
騎馬隊は祭場地である雲雀ケ原へと向かう。
【宵乗り】 熱気あふれる和流競馬の再現
各郷の騎馬武者勢が祭場地である雲雀ケ原本陣山に着くと、
馬場清めの儀式の後、宵乗り行事が行われる。
着順に羊腸の坂を駆け上がり、山頂の大将へ報告に行く。
乗り手を放り出し疾走する馬
2日目
【お行列】 五百余騎の騎馬武者が、神輿を擁し祭場地を目指す
相馬野馬追のハイライトでもある2日目。
すべての進行・合図は昔ながらの陣螺・陣太鼓によって行われる。
まず黎明一番螺が全軍に用意を促す。
二番螺で武装馬装の準備を整え、出発の合図を待つのである。
【甲冑競馬】 騎馬武者の勇壮果敢さをいかんなく発揮
土埃が舞う中を、人馬が一体となって駆け抜ける甲冑競馬。
若武者たちは、鼻息も荒い馬を巧みに操り、雲雀ケ原を疾走する。
その姿は、一種の感動となって観るものの胸を打つ。
この日の観客席の様子
【神旗争奪戦】 御神旗を数百の騎馬武者が奪いあう
相馬野馬追の最大の呼びものが、神旗争奪戦。
満を持していた数百騎の騎馬武者たちが、
夏草茂る雲雀ケ原一面に広がる様は、
「青い野馬原 一夜のうちに花が咲いたよ 騎馬の旗」
と歌にも唄われている。
旗指物を作っている職人「西内染物店」
鎧仁會の旗指物も西内さんに作ってもらったものです。
こういう職人さんがだんだんと少なくなってしまうのは残念です。
なんとか残せないかと思うことしかできませんが考えてしまいます。
今年の野馬追は騎馬隊440騎、徒歩武者約550人の約1000人による行列でした。
年齢層も幅広く、最年少は4歳、最高齢は85歳(20歳から出場の60年選手だそう)です。
地元のすべての人に愛され継承されているお祭り。
とても感動しました。
観ることができてよかったです。
それに関連して出会った人たちにも感謝です。
来年も行きたいと思いました。
では、また次回‼
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